「 優しさを主とし、知的・客観的に確かな 思いやりの心 」  それを推奨していますが ... らくがき帳になっています。 ( 何の専門家でもありません。)

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宣言が出されて一日、人々の行動はあまり変わっていないようね。

 

昨年の宣言の時は、出される前から街に変化が見られたわ。

 

夜8時までは 不要不急でも外出OKと解釈できるような表現もなされちゃってるみたい。

 

(5千人規模の ) イベントが ( 連日 ) 普通になされて、果たして緊急事態なのかということになるわね。

 

人の移動があるわけだし、見物がOKなら、特に行動の制約はないということになりそうなんですけど。

 

運が悪い人だけ緊急事態ですと お知らせしただけになってしまているのではないん?

 

 

 

国会関連で、担当大臣だけ出席すればいいという見解は、軍事的な有事の場合でも 同じ考えをするのかしら。

 

 

 

韓国の司法で賠償命令が日本政府に出されたことについての首相のコメントには、語気に力が入ってたみたいだけど、緊急事態宣言はそれ以下だったわね。

 

 

三権分立は、国内での権力の抑制と均衡に資する制度で重要ですけど、他国に命令を下すというのは、他国を支配下に置くものであるし、三重人格的でもある点で問題だわね。

 

他国間協議なんかで問題が起きたら、すごいバトルロイヤルになっちゃうわ。

 

歴代大統領が逮捕されてしまうような覆しが、他国との関係でも なされて、積み上げられたことが壊されてしまうと、それも繰り返されてしまうおそれがあり、信頼できなくなってしまうわ。

 

 

また、コロナの話に戻りますけど、感染症の専門家と経済分野の方々が話し合ってたら、国民がゆるく受けとめるような内容にしかならないわよ。

 

感染症の専門家も、自殺者論法で迫られているうちに、経済を回さなければならないという意識が強くなって、本来の対策を打ち出せなくなっているのかもしれないわね。

 

結果的に出てくるのは、 専門家の責任にすがる首相の会食インストール系コロナ対策だわ。

 

本来的に示された感染症対策について、経済的・社会的な問題などに関する他の専門家の見解を踏まえて、政治判断がなされなければならないわ。

 

責任者ぼやかし方式は おやめなさいな。

 

 

前回の宣言後に、コロナ対策で直に経済的配慮を入れ込んじゃうようにしてしまったのが間違いであることは、順序的にコロナを抑えなければ 経済を回せないという事実を突きつけられて、明らかなはずよ。 

 

妥協が 政治的に据わりが良くても、ウイルスには関係ないわ。

 

コロナを ゆる~く 長~く 愛しちゃうと、変異株も生まれやすいんじゃないの?