「 優しさを主とし、知的・客観的に確かな 思いやりの心 」  それを推奨していますが ... らくがき帳になっています。 ( 何の専門家でもありません。)

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自分が幸せにならないと人を幸せにできない、人を幸せにするためにはまず自分が幸せにならなければならないという考え方は、自分にとって都合が良く、そうすることで満足感を得ることはできるかもしれないが、幸せには近づけないと思われる。

 

悟りの境地であれば、自ら悟ることができなければ、受け売りの解説にとどまり、信念を持って人を導くということまではできないのであろうが、利他的行為は自分の利益を確保してからでないとできないというわけではない。

 

また、思いやりの心の原初としては、自分の快・不快を他者に投影させる点で、自分の快・不快について先に分かっていることが前提となるが、それは自分が先に幸せになるということとは別のことである。

 

そして、利他的行為が必ず他者の幸せになるとも限らないが、分かち合いが大切な社会の中で、自分の利益を確保してからというのでは奪い合いになる。

 

自国第一主義も、まず自国が幸せになってからということであり、他国の幸せが意識されず、対立を生む。

 

将来世代への思いやりや地球環境への配慮とも関連している。

 

 

自分を大切にすることも大切であるが、自分を大切にできるからといって、それがそのまま他者を大切にすることにはつながらない。

 

自分を優先すれば、それと相反する利他的行為をいつまでもできなかったり、不十分になりやすいだろう。

自分の満足をいつまでも追い求めてしまうかもしれない。

 

普通の人には経済的な余裕がさほどあるわけでもないが、思いやりは金銭や物質的なものに限らない。

それぞれの立場での様々な思いやりのあり方がある。

 

自分優先ではなく、他者への思いやりを重視すれば、人の役に立てることでそれ自体が自分の幸せにつながる。

 

まず他者を思いやることで、同じように優しさを自分に向けても良いことに気づけば、自分を大切にすることもできる。

 

幸せは自己の欲求や利益の充足とは違うので、他者への思いやりや優しさが後回しだと幸せになることはできないと思う。