世論調査で五輪を開催して良かったという回答が6割くらいあったことについて、それをもって五輪が成功したと受けとめるとすれば、そのような捉え方にこそ問題の本質があるとも言える。
公共性の高い祭典として、( それぞれの人の事情や考えによって、全ての人の称賛を受けることは期待できないとしても ) ほとんどの人が良かったと思えるようでなければ失敗である。
開催前の反対や開催後でも良かったとは思わないというのが、少数にとどまらなかったのでは、何をかいわんやである。
選手の満足やそれを受けての人々の満足は良いが、コロナ対応より優先されてしまった点での犠牲は大きい。
一部の人々の主導でも、ほとんどの人が良かったと思えるのであれば良いだろうが、政治システム上の数の論理に依拠して、その他の人々の心情や考えを無視するのでは、公共的な成功から程遠くなるのは当然である。