国民の大返しによる 三日天下内閣 という歴史を見てみたい。
有権者全世代の投票率が、集団免疫獲得的なワクチン接種率に近づきさえすれば、現行の選挙制度下でも期待はできそうなのだが … 。
自分が投票しても変わらないという感覚は誰にでもあると思うが、その心理的な負荷を各人が負わなければ、固定票の壁を乗り越えることができないというのが、普通選挙の宿命なのかもしれない。
宝くじと違って結果への影響がゼロではないし、投票で意思を示しておかないと、自分の考えとは違うほうに傾いていってしまうおそれがある。
ただ、投票を社会的な義務と捉えて強要するのでは、民主主義と自由主義から本質的に乖離してしまう。
棄権も含めて、社会がどうあるべきかということについての各人の意思表示ということになる。