NHKは、性的マイノリティへは配慮しても、身体特徴のマイノリティに対しては、ドラマで侮蔑的な表現をOKにしたりしているようだ。
相手の呼び名の替わりのようにする表現は、明らかに思いやりを欠いた行為である。
民放も含め、バラエティ番組などで、身体的なことを笑いものにすることもあるのだろう。
そのような制作に関わった人は、思いやり無しとか、人でなしとか言われ続けないと分からないとうわけでもあるまい。
規則に定まっていないために思いやりを欠くこともあれば、規則に定められていて思いやりを欠くこともある。
日本という国の呼び名に関して、「にほん」を 組織的に抹殺しているアナウンサー達。
人間は、総体的に知能も思いやりも レベルが高いとは言えない。
そのため、破滅のリスクを負っている。
人工知能に対しても、思いやりの観点から制御しなければならないのだが、怪しい。
保守などは、公正さを蔑ろにしてでも、他の価値を優先しようとする間違いを犯し、リベラルは、公正さ・平等の取り方で間違いを犯す。
知能や感情の暴走を止めるのは、思いやりの観点からの制御である。