「 優しさを主とし、知的・客観的に確かな 思いやりの心 」  それを推奨していますが ... らくがき帳になっています。 ( 何の専門家でもありません。)

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小林明子「 恋に落ちて-Fall in Love- 」 ( 作詞・湯川れい子、作曲・小林明子、編曲・萩田光雄 ) の歌詞の中の、

I’m just a woman

Fall in love

について、

「私は 恋に落ちた ただの女性」といった和訳を見掛けた。

 

私としては、Just は、woman だけではなく、Fall in Love まで掛かると解釈して、まさにという意味から、

 

「そう(よ)、私は 恋に落ちた女性 」( 恋をしている女性 )

 

といった和訳にしたいが、 just が fall in love の直前でもないので、英文法的にどうなのかは 分からない。

無理なら、

 

「私は、ただの一人の女性 … ( 私 ) 恋に落ちて ( る )」

 

 

英語ヴァージョンの歌詞も覚えようとしたら、( 英語の歌には よくあることなのかもしれないが ) 単語が飛ばされている感じのところが難しい。

 

一緒の機会に聴く曲として、辛島美登里の「 サイレント・イヴ 」( 作詞作曲・辛島美登里、編曲・若草恵 ) があり、この曲が、別れることを決めている内容のため、同じ感覚で聴いてしまっているときもあったような気がするが、同じような哀しさを抱えながらも、「 恋に落ちて-Fall in Love- 」は、恋の只中にある 切なさなのだろう。

 

I’m just a woman , fall in love を 肯定的に解釈するか 否定的に解釈するかによって、主人公の今の心情・状況について、聴き手の受けとめ方に 差が出る余地があるのかもしれない。

 

「 ダイヤル回して 手を止めた 」のは、別れたからではなく、( 携帯電ではないため ) 相手の家庭の状況からと考えられる。

 

I am not 

Livin' in your heart 

については、毎夜、彼のことを想いながら、自分が彼のそばにいない ( 彼が他の人と過ごしている ) 状況を考え、彼の心の中に私はいないのだと思ってしまう恋心であり、現実に彼の心が離れて別れたというわけではないと受けとめる。

 

 

日本語の部分など、全体的な叙述では、彼への想いや恋愛の継続が表現されている。

 

「逢えない日には」とあるので、逢う日が 今後もあることが前提になっているのだろうし、別れに直面しているとしたら、土・日に(も)いつも逢っていたい という話ではなくなるはず。

 

Don't you remember 以下、別れに至ったわけではなく、彼に会えていない時の主人公の切ない想い、恋しさの表現と思われる。

 

fire を、恋の炎 のような たとえや 激情などで 解釈すると、その激しい想いの自覚がなく ( without ) ここにいた時のことを覚えているかと問うことになって不自然に思われ、( with ではなく without なので ) 理解しづらい。

 

そこは、もう少し具体的・印象的なエピソード ( 思い出 ) の一つとして捉えて、現実に近隣で 火災が発生して、( fire の 冠詞の有無が気にはなるが ) 火事 ( 炎 ? ) に巻き込まれているという意識もないまま (それほど お互いに夢中で )  ここにいた時のことを、覚えていないの?といった内容で、私は受けとめることにする。

 

where it goes は、どこに行ったの?、行ってしまったの?ではなく、どこに行くの?だと思うので、貰った彼からの愛 ( の歌 ) を失ってしまったわけではなく、失ってしまうかもしれないという不安な主人公の心情の描写にとどまっていると思われる。