「 優しさを主とし、知的・客観的に確かな 思いやりの心 」  それを推奨していますが ... らくがき帳になっています。 ( 何の専門家でもありません。)

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前に書いたが、集中治療を譲る意思を示しておくカードについて、テレビでまた扱われているのを観て、改めて記してみる。

 

譲るというのは、他者を優先するものであり、一般に良いことと言えるが、二者択一として、自他を比較し選別する面を内包しているのだろう。

 

集中治療を譲る意思を示すというのは、自分の命が選別されることに同意し、その前提として、社会的に命の選別がなされることへの肯定を表明していることになり、更にはそれにとどまらず、社会的な望ましさとして推奨する機能を果たす面も否定できないだろう。

 

 

乗り物などの座席を譲るのであれば、自分で立ち上がったり、座らないでいれば良いが、医療について譲ろうと思っても、実行すべき段階で自分の意識が無いと、人に任せることになる。

 

命の選別に関して 個人がどのように考えるかは自由だろうが、特定の優先順位付けで他者に実行させるようなことだと、公共的な医療を 個人的な処分権で捉えて、社会がそれを是認しているようなことになり、問題があるだろう。

 

治療を希望しつつ、あるいは実際に治療を受けつつ、自分が意識を失った後で医療が逼迫していたら辞退するというようなことだと、機器の空き具合等の状況判断などを含め、他者に負担・責任を負わせて、選別を強いてしまうことにもなる。

 

 

 

他方、自己決定だけで済むことに関して、その意思がはっきりしているのであれば、本人が意識を失った状態でも その意向に沿って治療がなされるべきであり、家族といえども、その意に反して決めてしまうとすれば、他者の意思で決定されるべき領域に踏み込んで、他者を支配してしまっていることになると思われる。